東京藝術大学大学美術館で9月7日から開催の「驚きの明治工藝」展を見てきました。
同展には台湾のコレクター宋培安氏のコレクションから130点あまり出品されています。このコレクションは数年前に存在を知ったときから見てみたいと思っていたのですが、こんなに早く日本での本格的な展覧会で目にする機会が訪れたことは望外の喜びでした。
この展覧会の特色の一つに自在置物の優品が多数出品されていることが挙げられます。自在置物としてはおそらく最大の3メートルもの大きさの龍が入場してすぐの場所に吊り下げられており、まずその存在感に圧倒されます。最近でこそ見る機会が増えてきた自在置物ですが、やはりこのコレクションでしか見られない珍しい作品も多く、本当に見ることができて良かったと思います(個人的に大変思い入れのある分野でもありますので)。宋コレクションでも特に収集に力を入れたジャンルではないかと思います。
また、一枚の鉄板から複雑な形状を打ち出す独自の技法を生み出した加賀出身の金工家、山田宗美への愛着も宋コレクションの特色といえるでしょう。なかなか見る機会がないその作品も今回、宗美の父宗光、弟子の黒瀬宗世らの作品とともに出品されています。驚異的な制作工程を伝える当時の新聞記事もパネル展示されています。
これらの特色は宋培安氏の好みによるものではありますが、奇しくも東京美術学校に鍛金科が新設された経緯との因縁を感じるものでもあります。今回展示されている自在置物の作品に板尾新次郎作の鷹もあるのですが(この鷹も見たいと思っていた作品です)、この板尾新次郎こそ岡倉天心が鍛金科の教授として招こうとした人物であり、それゆえに天心はもともと甲冑師のものであった鉄打ち出しや自在置物制作の技術継承を鍛金科に求めていたのではないかと考えられています。しかし残念ながら板尾新次郎は岡倉天心の申し出を辞退し、甲冑師明珍派の加賀分派を名乗ることを許された家系でもあった山田宗美も帝室技芸員を目前にしながら早世したこともあってその技術の継承は途絶えてしまいました。このような経緯や忘れられかけた技術の紹介という点から見ても、自在置物や山田宗美の作品に注目した本展の藝大美術館での開催は大変意義深いと言えるのではないでしょうか。本展図録には京都の高瀬好山工房で自在置物の制作にあたった冨木一門の5代目、冨木宗行氏のインタビューが掲載されているほか、その表紙も3メートルの自在龍(好山工房で多数の自在置物を制作した宗義作)が飾っていることも特筆すべき点でしょう。
近年江戸絵画では「かわいい」と表現される要素にも注目されるようになってきましたが、明治の工芸もそのような部分を持つことに目を向けているのもこの展覧会の特色と言えそうです。今回目を引く作品の一つに鋳金の大島如雲による「狸置物」がありますが、写実的な部分を持ちながらも愛嬌たっぷりな姿です。大島如雲の作品は写実的な鯉を目にする機会が多かったので少し意外な感じもしましたが、同じく鋳金で猛禽類の迫真の表現を極め、明治期の金工作品を代表するような「十二の鷹」を手がけた鈴木長吉も後年の「岩上双虎置物」では猛々しさよりも可愛らしさを感じさせる虎を表現していることを考えると不思議ではないのかもしれません。
この「狸置物」は底面にあたる部分もきちんと表現されていることを示すために下面に鏡が設置されており、愛らしさを感じさせる肉球も確認できます。こうした全方面から鑑賞可能な点は根付を彷彿とさせるところですが、本展ではその根付も優品が出品されています。根付もまた「かわいい」要素を持つ工芸と言えるでしょう。藻己の細密な作品を始め、高村光雲が「優れた作だが作者不明であるのが残念だ」との箱書を書いた「邯鄲夢根付」や精緻な金工の「三猿根付」などの珍しい作品も見られます。展示は目の高さに近く、一部作品には拡大写真のパネルを添えています。本展では彫刻を中心にあまり詳しいことの判っていない作者による作品やもっぱら根付師として知られる人物による作品なども出品されていますが、それらの作品にも根付に通じるような面白さや優れた技巧が感じられるものが多いのが印象的でした。懐玉斎の門人であったという竹江の蝉は宋培安氏の最も好きな作品の一つだそうです。このような作品もなかなか見る機会がないのではないかと思います。
明治の工芸について語られるとき特にその「超絶技巧」が注目されがちですが、今回の展覧会ではそれをことさら強調してはいないようです。硬い金属でできているにもかかわらず生きているかのように動く自在置物、元が一枚の鉄板とは信じられないほど複雑な形を薄く軽く打ち出す山田宗美、一見しただけでは元の素材がわからないほどまったく違う素材に模した漆工、意外な素材に創意工夫を加えて成立した天鵞絨友禅。本展ではこうした作品についても技巧の高さそのものよりも、作品に触れたときに誰もが感じる原初的な「驚き」に関心を寄せているように思います。これらの作品は制作された当時の人を驚かせたことはもちろん、これから触れる人にも驚きをもたらしていくことでしょう。先に触れた「かわいい」という要素もまたこのような驚きに近い原初的な感覚に訴えるものと言えるかもしれません。技巧に先立つものとして、鑑賞者にこうした驚きをもたらしたいという指向を制作者が備えていたことが世界中で明治の工芸品が愛好されている理由になっているのではないでしょうか。
当初は多数出品されている自在置物が最大の関心事ではあったのですが、やはり他の作品も魅力あふれるものばかりで、写真を撮りながら(本展は一部の作品を除き撮影可能)3時間ほど見てしまいました。自分自身の作品制作においても「驚き」を感じられるものを目指していきたいと改めて思う展覧会でした。また会期中に何回か見に行きたいと思っています。
「驚きの明治工藝」展は以下の日程で巡回予定です。
細見美術館(京都)2016年11月12日(土)~12月25日(日)
川越市立美術館(埼玉)2017年4月22日(土)~6月11日(日)
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