帝室技芸員でもあった鋳金家・鈴木長吉が自在置物の作品も制作していたことは何度か触れてきましたが(ブログカテゴリ「鈴木長吉」を参照されたし)、明治22年の日本美術協会美術展覧会の出品作に鉄製龍自在置物とみられるものがあることを確認しました。
前年の明治21年の日本美術協会展覧会には古美術品の自在置物の出品が多数ありましたが、その翌年に鈴木長吉が新製品としてこのような異色な作品を出品をしていたことは大変興味深いところです。
『明治廿二年美術展覧会出品目録』http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849736/81
この『明治廿二年美術展覧会出品目録』記載の作品名は「鐵製紳(ママ)縮大龍」となっています(前年の日本美術協会展覧会に出品された自在置物の作品名には「伸縮」という語が使われていました)。鉄製であることから、おそらくは鋳金技法を用いたものではなく、実質的な制作者は鈴木長吉本人ではなく別にいた可能性があるでしょう。
https://springfieldmuseums.org/collections/item/incense-burner-suzuki-chokichi/
上記リンク先にある解説にはこの鈴木長吉作の香炉の制作に「明珍の弟子」という人物も協力しているとあります。この作品には鉄は用いられていないものの、鉄の扱いに長けた人物であったことが推測できます。また、"The Japan Weekly Mail" 1893年10月21日の記事には鈴木長吉の工房にある実物大の鉄製の鷲についての記述があり、鈴木長吉の身近に鉄を使用した制作ができる人物が存在していたことを示唆するものといえるでしょう。
以下はシカゴ・コロンブス万国博覧会開催の時期に書かれたその "The Japan Weekly Mail" の記事からの一部抜粋で、以前に触れた鈴木長吉作の青銅製の巨大な8フィート(2メートル超)の龍自在置物とみられる作品や、同博覧会出品の板尾新次郎の鷲についての記述が含まれる部分です。実際に工房を訪れて書かれたとみられるこの記事には銅像の制作について触れている箇所もあり、当時の工房の様子やその活動を知る上で貴重な記録となっています。
"He prefers to exhibit a masterpiece of a very different character, a jointed dragon in bronze. first of these extraordinary was bequeathed to posterity by one of the early MIYOCHIN masters, who loved to set himself apparently impossible tasks, and who manipulated iron as though it were wax. MIYOCHIN MUNECHIKA's dragons, craw-fish, crabs, cicada, and such were among the most marvellous examples of hinging and jointing the world has ever seen. It goes without saying that in form and proportions they were absolutely to nature --wherever nature furnished model-- but the wonder of them was that, without losing the solidity and durability of the iron that composed them limbs and bodies were capable of movement in every and any direction. Such a curiosity of handicraft is SUZUKI's bronze dragon. Its size, however, distinguishes it from any of its predecessors, for it about eight feet in length flexible, it can be placed in a different postures according of the fancy of a manipulator, and in each pose it preserves the aspect of a very fierce and mischievous reptile. SUZUKI keeps it in a long box lined with red velvet and comfortably padded, from which coffin its limp emergence compares strikingly with the horribly bristling vitality of its subsequent attitudes. Another powerful occupant the same ateliar is an iron eagle, life sized with outstretched wings and wonderfully chiselled plumage. SAITO's flexible necked eagle, now in the World's Fair at Chicago seems to have suggested this work, but the SUZUKI eagle now on view in Irigune cho is happily free from the pigeon-like affinities of the Exposition bird. It is a veritable eagle, fierce, meagre ,alert, and pitiless, just such and bird as SHELLEY conceived "sailing incessantly with clang of wings and scream" in lonely lands. The makers of these master pieces are the men on whose efforts much of Japan's material development depends".
"The Japan Weekly Mail" Oct. 21, 1893 "METAL WORK IN JAPAN"
"He prefers to exhibit a masterpiece of a very different character" とあるように、鈴木長吉自身が誇らしげに異色の作品である青銅製の巨大な龍自在置物を紹介したと思われる表現になっています。明治22年の日本美術協会美術展覧会における鉄製龍自在置物の出品もあわせて考えると、鈴木長吉のこの種の作品に対する深い関心が窺えます。ことにその大きさに関してこれまでにないものを目指して制作したとみられる記述もあり、作品名を「大龍」とした明治22年出品の作品もかなり大きなものであった可能性があるでしょう。
このように鈴木長吉が力を注いでいたとみられる作品であるにもかかわらず、青銅の龍自在置物は博覧会等にも出品されておらず、同時期の作品と思われる「十二の鷹」とは異なり、人目に触れることはほとんどなかったのではないでしょうか。その理由を推測するならば、後に帝室技芸員ともなる鋳金家・鈴木長吉に当時求められたのはシカゴ・コロンブス万国博覧会出品の「十二の鷹」のような、国の威信を背負った大プロジェクトの監督としての役割であり、元来は鉄打ち出しの技法によって制作されるべき自在置物の作者としてその名が知られるようになることよりも、そちらの方が国策にも適うものであったからかもしれません。それに加えて、同博覧会出品の板尾新次郎による鉄打ち出し技法の鷲自在置物との競合を避けた可能性も考えられるでしょう。
記事中の "SAITO's flexible necked eagle" は斉藤政吉出品の板尾新次郎の鷲自在置物とみられますが、鈴木長吉の工房にあった鉄製の鷲の方が表現が優っていると受け取れる記述もあります(なお斉藤政吉は鈴木長吉が鷲置物で金牌を受賞したニュルンベルク金工万国博覧会において海老、蟷螂の自在置物とみられる作品を出品し、同じく金牌を受賞)。また鈴木長吉の青銅製龍自在置物は、同じく2メートル余りの大きさを持つボストン美術館蔵の高石重義作の鉄製龍自在置物に酷似したものであったとみられることも注目すべき点です。このような鉄打ち出し技法による作品と鈴木長吉の鋳金の作品の関係性は一考する価値があるでしょう。それは長く忘れられていた「自在置物」という金工ジャンルには別の発展の可能性があったことを示すものではないでしょうか?
http://cdnc.ucr.edu/cgi-bin/cdnc?a=d&d=LAH18990515.2.209
California Digital Newspaper Collection, Center for Bibliographic Studies and Research, University of California, Riverside, <http://cdnc.ucr.edu>
以前の記事で紹介した鈴木長吉の2メートルほどもある巨大な青銅製龍自在置物。先述の"Japan Weekly Mail" の記事にある「可動の8フィートの青銅の龍」と同一作の可能性が高いと思われます。同様の大きさで意匠もよく似ている高石重義作の鉄製龍自在置物(ボストン美術館蔵)との関係も興味深いところです。
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