左:象牙製自在置物 山崎南海「伊勢海老」 三井記念美術館「驚異の超絶技巧!-明治工芸から現代アートへ-」展
右:『第三回内国勧業博覧会褒賞授与人名録』(内国勧業博覧会事務局 明治23年)より
褒状授与された作品に加藤甚之助「牙製伸縮蝦置物」が確認できる
金属を用いて動物の姿をその動きまで再現する自在置物は、甲冑師の金工技術にその起源が求められるものであるが、金属以外の素材を用いて製作された作品も存在している。その数は少ないながら象牙製、木製、鼈甲製(1)などが知られているが、製作時期が知れるのは明治後期以降のものである。金工の自在置物であっても、江戸時代以前の記録は越前松平家の龍の自在置物について書かれたとみられるもの(2)が認められる程度であり、非金属を素材とした自在置物が、金工の自在置物と並行して江戸時代から製作されていたかどうかも明らかではない。それでは明治以降、非金属素材の自在置物はいかにして現れたのか、また金工の自在置物との関係はどのようなものであったのだろうか。
『第三回内国勧業博覧会褒賞授与人名録』(内国勧業博覧会事務局 明治23年)には褒状を授与された作品として、東京府浅草区西鳥越町の加藤甚之助による「牙製伸縮蝦置物」の記録がある(3)。この作品は『第三回内国勧業博覧会審査報告 第二部』(第三回内国勧業博覧会事務局 明治24年)において「加藤甚之助ノ伸縮蝦ハ、『伸縮自在、著色真ニ擬ス、牙材ニシテ此作アルヲ嘉ス』」(4)と評されており、着色した象牙製の自在置物であったとみられる。
刀工としてだけでなく、木彫、漆芸の分野でも名工であった逸見東洋は、岡山から大阪に出たのちの明治27年頃とみられる時期に、「安堂寺町筋の好事家、福島藤一郎の註文で、黄楊の木に彫った河蟹の丸物は、もっとも精巧を極めたものであった」「目でも足でも動くところはことごとく動くようにこしらえ、入れ子にして作り上げた」という作品を製作したことが伝えられている(5)。名工がその腕前を発揮したエピソードとして自在置物とみられる作品の製作が紹介されていることは注目すべき点であるが、この話については、誇張とみられる不正確な部分も付随している。この河蟹の作品は「京都で開かれる、第三回内国勧業博覧会」への出品を勧められ、持ち主の福島藤一郎名義による出品の結果、「金賞を下附され」「その後これも御物となった」とされているが、明治28年に京都で開催されたのは第四回内国勧業博覧会であることに加え、同博覧会の木彫における受賞作にこの作品とみられるものは確認できない(6)。注文主の福島藤一郎についても不詳であるが、同じく大阪府の「福島藤七」という人物が明治21年の日本美術協会展覧会古製品の部に「黄楊木彫蟹置物」を出品している(7)。確かなことは不明であるが、もしこの両名が同一、あるいは関係する人物だとすれば興味深い。この明治21年の日本美術協会展覧会には松平茂韶、松平直徳、益田孝が鉄製の自在置物を出品(8)したほか、褒賞授与式における演説では、同会会頭の佐野常民がそうした甲冑師の技術による作品の利点について言及しており(9)、海外ではすでに高い評価であったこの種の作品に対する国内の関心を高めることになったとみられるからである。
ここで、加藤甚之助が「牙製伸縮蝦置物」を出品した明治23年の第三回内国勧業博覧会に話を戻すが、同博覧会出品の牙角介甲彫刻の審査報告において、受賞作の中で最も数の多い「丸彫彫刻」を、さらにその主題ごとに分類するということを行っている。受賞した「丸彫彫刻」46点を女子、児童、老人、仙人、鳥、獣、魚、人骨、歴史人物という主題で分けた結果、動物類の鳥・獣・魚についてはそれぞれ3点・2点・1点であり、「動物ノ鳥獣ヲ刻スルハ、近来写生図ノ世ニ行ルルヨリ製出セシモノニシテ、其数甚タ多カラズ、蟹ハ鐵製ノ作ヨリ転化シ來リ」(10)と述べている。加藤甚之助の「牙製伸縮蝦置物」は「魚」に分類されたとみられ、さらに「蟹ハ鐵製ノ作ヨリ転化」という表現になっているが、その作品評には先述した「伸縮自在、著色真ニ擬ス、牙材ニシテ此作アルヲ嘉ス」のほかに「加藤氏ノ蝦ハ鉗足共ニ働キ鐵ニ比スレバ其工易カラズ」(11)というものもあり、こうした作品は元来鉄製である自在置物の素材を置き換えたものと見なされていたことがわかる。牙角彫刻の分野において、この時期には写実的な動物類の作品がまだ多くなかったとすれば、少なくとも海老、蟹といった甲殻類については、金工の自在置物の写実的な表現が先行例として参考にされていたことがうかがえる。それは明治21年の日本美術協会展覧会で自在置物が注目された結果でもあるとみてよいであろう。先述の逸見東洋の逸話も、蟹の自在置物の製作については事実であったとするならば、こうした経緯の影響が考えられよう。
加納鉄哉は明治の初めに佐野常民に見出されたといわれ、ごく短期間ではあるものの東京美術学校の教師でもあった彫刻家であるが、自在置物の作品の存在が確認されている。その作品「角彫自在蟹」(12)は水牛角を彫ったとみられ、非常に精巧な作品である。明治21年の日本美術協会展覧会において、自在置物を含む甲冑師の技術による作品に言及した佐野常民自身も、明治24年の日本美術協会展覧会に「鐵製屈伸蟹鎮紙」という蟹の自在置物とみられる作品を出品している(13)。「角彫自在蟹」の製作年は不明であるが、常民のこうした言動や鉄哉の経歴を踏まえるならば、金属と非金属の自在置物の関係を考える上で示唆に富む作品であるといえよう。
註
1. 展覧会図録『驚異の超絶技巧!-明治工芸から現代アートへ-』(三井記念美術館ほか 2017年)には木製
自在置物として穐山竹林斎「龍」、正一「蛇」、象牙製として山崎南海「伊勢海老」、『三の丸尚蔵館特別展
図録 No.29 細工・置物・つくりもの 自然と造形』(三の丸尚蔵館 2002年)には鼈甲製の作者不詳「伊
勢えび置物」が掲載されている。
2. 『平成25年秋季特別展 《甲冑の美》図録』(福井市立郷土歴史博物館 2013年)に正徳四年に鉄製龍自在置物
とみられるものが座敷飾として使用されたとの記録が紹介されている。
3. 『第三回内国勧業博覧会褒賞授与人名録』(内国勧業博覧会事務局 明治23年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801912/92
4. 『第三回内国勧業博覧会審査報告 第二部』(第三回内国勧業博覧会事務局 明治24年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801901/30
なお『第三回内国勧業博覧会審査報告 第一部』(第三回内国勧業博覧会事務局 明治24年)には東京府の
象牙製品の出品物について「其他ノ印材、人物、伸縮龍、刀鞘、鯱、七神人等ノ置物」との記述があり、
「伸縮龍」は自在置物かと思われる。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801900/201
5. 本山荻舟『近世数奇伝 下巻』(博文館 昭和17年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1108145/95
6. 『第四回内国勧業博覧会審査報告 第一部』(第四回内国勧業博覧会事務局 明治29年)
第八類 木竹材類製品 彫物 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801946/308
『第四回内国勧業博覧会審査報告 第二部』(第四回内国勧業博覧会事務局 明治29年)
第二部第十九類彫刻審査報告 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801947/54
ともに該当する作品はみられない。
7. 松井忠兵衛編『美術展覧会出品目録 明治二十一年 古製品 第二号』(松井忠兵衛 明治21年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849734/25
8. 松平直徳の出品については註7に同じ。
松井忠兵衛編『美術展覧会出品目録 明治二十一年 古製品 第三号』(松井忠兵衛 明治21年)
松平茂韶 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849734/40
益田孝 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849734/41
9. 岡部宗久編『内外名士日本美術論』(鼎栄館 明治22年)
10. 註4と同文献。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/801901/28
11. 註4に同じ。
12.『傳承之美 台灣50美術館藏品選萃』(國立臺灣師範大學文物保存维護研究發展中心 2016年)。館の Facebookページでの紹介 https://www.facebook.com/museum50kaohsiung/photos/a.812162112175720/1008671119191484/
13. 東京文化財研究所編『近代日本アート・カタログ・コレクション 019 日本美術協会 第4巻』ゆまに書房
2001年所載『明治廿四年美術展覧会出品目録 第四』
2021/12/4 追記
明治21年の日本美術協会展覧会には以下の作品の出品も確認できた。
・澤田銀次郎 出品
牙刻伸縮鰕 一個
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/849734/74
松井忠兵衛編『明治廿一年美術展覧会出品目録 新製品 第五号』(松井忠兵衛 明治21年)
牙刻とあるとおり金工ではなく牙彫の自在置物とみられる。出品人の澤田銀次郎は貿易商。井戸文人編『日本嚢物史』(日本嚢物史編纂会 大正8年)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1869703/357 で人物像が語られている。
製作者は不明だが、博覧会及び展覧会に出品された牙彫の自在置物としては、第三回内国勧業博覧会に出品された加藤甚之助による「牙製伸縮蝦置物」に先行するものとみられる。
付記
石川県立歴史博物館が所蔵品として龍の自在置物を紹介している。
「作者の沢阜匪石(さわおか・ひせき)は、摂津国出身の木彫師」「安永8年(1779)に加賀藩御細工所に召し抱えられ」たとのこと。
所蔵品より龍の自在置物をご紹介。
— 石川県立歴史博物館 (@ishireki) July 16, 2020
自在置物とは動くフィギュア!
体のパーツが自由自在に動きます。金属製が多い中、木製のものはとっても珍しいのです。
作者の沢阜匪石(さわおか・ひせき)は、摂津国出身の木彫師。安永8年(1779)に加賀藩御細工所に召し抱えられ、獅子頭などの遺作もあります。 pic.twitter.com/kBrrkqxVHi
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