1893年にシカゴ万国博覧会に鷲の自在置物を出品した板尾新次郎(板尾清春)は1900年のパリ万国博覧会にも作品を出品しています。星野錫編『美術画報 臨時増刊 巴里博覧会出品組合製作品』(画報社 1900年1月)には銀製の鸚鵡の自在置物が掲載されていますが(画像)、他の国内の資料では「置物」あるいは「金象眼置物」という表記が確認できるのみです(1)。
そこでインターネット公開されているパリ万国博覧会公式カタログ “Catalogue général officiel, Exposition internationale universelle de 1900” にあたってみたところ、板尾新次郎の出品についての記載は以下のとおりで、鉄に金象嵌の孔雀の作品が出品されたことがわかります。(2)。
Itao (Kiyoharu), à Osaka. - Fer incrusté d’or : Paon.
この作品が出品された第十五部第九十七類は青銅、鋳鉄、打ち出しの金工作品の出品区分であり、同じ区分にあたるであろう前述の銀製の鸚鵡は記載がないことから出品されなかったとみられます。おそらく板尾新次郎のパリ万国博覧会出品作はこの一点のみであり(追記参照、銀製の鸚鵡の出品記録も確認できます)、同作品が銀牌受賞作であったと考えられます(3)。『MUSEUM 東京国立博物館美術誌』152号(1963年11月)所載の下村英時「奇工板尾新次郎伝ー恐るべき伝統技術の闘争史ー」には板尾新次郎は鸚鵡の他に梟や孔雀の作品も制作していたとの記述があり、パリ万国博覧会出品作もまた自在置物であったものと推測できます。そうであるとすれば、大英博物館が所蔵する鉄製の孔雀の自在置物との関連についてもあらためて注目したいところです。
板尾新次郎は明治28年の第四回内国勧業博覧会に『美術画報 臨時増刊 巴里博覧会出品組合製作品』掲載作と同様のものとみられる銀製の鸚鵡自在置物を出品し、妙技三等賞を受賞しています(4)。国内ですでに高い評価を受けていたにもかかわらず、この銀製の鸚鵡が出品されなかった理由については一考の余地があるでしょう。これまでにもふれてきましたが(5)、海外での高評価から自在置物が日本国内でも美術品として注目されるようになったとき、甲冑師一門「明珍」の技術によるものであることが国威発揚および海外への作品販売における利点として意識されるようになり、結果としてその素材は甲冑と同じ鉄製のままであることが望まれるようになったとみられます。板尾新次郎のパリ万国博覧会出品作が「銀」の鸚鵡ではなく「鉄」の孔雀であった理由もそこにあるとすれば、自在置物の作品に対しては国内での評価とはまた別に、対外的には依然として鉄製であることが求められた可能性が考えられるでしょう。
2018/2/9 追記
金銀細工や七宝の出品区分である第十五部第九十四類に銀製の鸚鵡も出品されていたことを確認しました。
http://cnum.cnam.fr/CGI/fpage.cgi?12XAE54.17/145/100/831/16/830
原文表記は以下のとおり。
Itao (Kiyoharu), à Osaka. - Argent repoussé : Perroquet.
銀の打ち出しの鸚鵡となっています。板尾新次郎は打ち出しによる作品製作が特徴であることや、同じく鳥の作品であることから、鸚鵡の出品があったとすれば鉄の孔雀と同じ区分に出品されているものとの思い込みがありました。
『官報』第五六三八号「巴里萬国大博覧会本邦出品者受賞人名」明治三十五年四月二十四日で銀牌受賞と伝えられている「金象眼置物」は第十五部第九十七類からの出品となっており、鉄の孔雀であったと考えられます。異なる区分で出品された鉄の孔雀と銀の鸚鵡の受賞の有無の差が、本文中で述べたような素材による評価の違いに基づくものかどうかも興味深いところです。
「板尾清春作鸚鵡置物」
(註)
(1)東京国立文化財研究所美術部編『明治期万国博覧会美術品出品目録』(中央公論美術
出版 1997年)所載の『千九百年巴里万国博覧会出品聯合協会報告』(同出品聯合協会
残務取扱所刊、明治三十六年、東京国立文化財研究所蔵)に基づく出品目録では「置
物」、『官報』第五六三八号「巴里萬国大博覧会本邦出品者受賞人名」明治三十五年四
月二十四日では「金象眼置物」となっている。
(2)URL http://cnum.cnam.fr/CGI/fpage.cgi?12XAE54.17/318/100/831/16/830
(3)前掲註(1)と同じく『官報』第五六三八号「巴里萬国大博覧会本邦出品者受賞人名」
明治三十五年四月二十四日による。
(4)『第四回内国勧業博覧会審査報告第二部美術』(第四回内国勧業博覧会事務局 明治二
十九年)
(5)拙稿「明治期の自在置物について」(『根付の雫』第74号 2015年に所載)、「佐野常
民〈美術展覧会褒賞受與式ニ於テ演説〉」
https://kotobuki-do.jimdo.com/2015/12/09/the-speech-of-sano-tsunetami/
などを参照されたい。
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